経営における意思決定について研究に基づいた定石を網羅的に知りたいと思ってググッても一つひとつの理論はなんとか出てくるが網羅的な説明や昨今の動向について情報がない。
先般の投稿によって世界標準の経営理論について読み進めておるのですが、この記事では第21意思決定の理論 をベースに科学的根拠に基づいた経営における意思決定理論の概要・定石・昨今の動向を網羅的にみることができるかと。
F.Y.I.
前章 第20章バイアスの理論 のまとめはこちら。
意思決定理論のカテゴリ
規範的意思決定論(normative decision making)
・合理性などを基準にバイアスのない状態での「あるべき、合理的な意思決定」、いわゆる「〜べき論」
行動意思決定論(behavioral decision making)
・とはいえ、現実に人はどの様に意思決定をするのか?なぜ人は合理的に意思決定できないのか、そのバイアスをあぶり出す。前章19章バイアスの理論とつながるところである。
第3の意思決定論(直感)
・人は合理的・論理的にじっくりと意思決定するよりも、直感で意思決定した方が望ましい結果を得られる。直感のメカニズムを神経科学の観点からも解析している。
規範的な意思決定論
期待効用理論
期待値とは
いきなり具体例。
事業A:50%成功し利益50億円。50%失敗し損失30億円
事業B:30%成功し利益90億円。70%失敗し損失20億円
の場合
事業Aの期待値:50*0.5ー30*0.5=10億円
事業Bの期待値:90*0.3ー20*0.7=13億円
よくある期待値と同様。合理的であれば事業Bへの投資を決定する。
期待効用とリスク選好
合理的に感がれば上記のとおりだが、意思決定は人が行い、意思決定者の主観が影響してくる。
フォン・ノイマンらは人が投資の得失にどれくらいメリットを感じるかを「期待効用」(expected utility)として表した。
効用:利益など特定の損失に対して当人が感じる主観的な満足度のこと
・人は所有する資産が大きくなるほど、投資などによって追加的に得られる利得に対する追加的な効用の上昇が小さくなる。(簡単に言うと、持ってる資産に比べて儲ける量が少なければあまり魅力を感じなくなる)
→持ってる資産が大きくなるほど同じ成功確率の事業に対して投資をためらいがちになる。つまり 不確実性・リスクを恐れる ことになる。
ほぅ。おもしろい
リスク性向(risk preference):投資リスクに対する態度
資産が大きいほどリスクを回避する傾向「リスク回避的(risk averse)」と呼ぶ
資産の大小に関わらずリスク選好が変わらない人を「リスク中立的(risk neutral)」
資産が大きいほどむしろリスクを好む人を「リスク志向的(risk seeking)」という。
ひとは性格、立場、状況によりリスク性向が変化する。
経営者(その会社へ集中している)は投資家(ポートフォリオを組みリスクヘッジができている)よりもリスク回避度が強くなる。
→株主と経営者の間に起きうるエージェンシー問題(→6章)の根源となっている。
期待効用理論の骨子
で、どうするの?というのは意外と単純で
「これらリスク性向も踏まえ、自身にとって最大の期待効用をもたらす事業をえらんで投資すべき」
というところ。
あまり新しい示唆はない様に感じる。
プロスペクト理論
この図が全てとのこと。
「ファスト&スロー」などで有名なプリンストン大学名誉教授ダニエル・カーネマン、スタンフォード大学のエイモス・トベルスキーの2人が「行動経済学」という分野を切り開いた。
・人は投資成果に対して「主観的なリファレンスポイント」を持つ
・投資成果にどれくらいの効用を持つかは「投資成果がリファレンスポイントからどのくらい乖離しているか」で決まる
・人は追加的な利得より、追加的な損失を心理的に重く受け止める(損失をより避けたがる)。損失会費制(loss aversion)
・(
右側のカーブが上に凸)人は大きな利得を得るほど、効用の追加的な伸びが鈍化する
・(左側のカーブが下に凸)また、損失が増えるほど、効用の追加的な減少幅が減る。損をするほど追加的な損失について鈍感になる。損するほどリスク志向が高まる!!
最後のポイントは企業が損切りできない理由につながる。
エスカレーション・コミットメント:事業の失敗が明らかなのにも関わらず、撤退ができず、失敗事業に更に資金を注ぎ込んでしまう
最近ではソフトバンクグループ孫さんのウィーワークへの追加投資が思い出される。
フレーミング効果
上記プロスペクト理論のポイントはリファレンスポイントが可変であるというところ。
このポイント次第では一つの事象が+にもーにも捉えられる。
人の主観に働きかけ、リファレンスポイントを動かすことで意思決定に影響を与えられる。これはフレーミング効果と呼ばれる。
・相手にリスクを避ける行動を取ってほしいなら利益を強調する
・逆に、リスクを積極的に取ってほしい場合は損失を強調する
(少し直感からずれるが、少し調べてみてアップデートする)
直感の理論の基本:二重仮定理論(dual-processing theory)
2種類の意思決定過程
ひとの脳内では、外部からの刺激に対して大きく2種類の意思決定システムが同時に異なるスピードで起きる
システム1:早く、とっさに、自動的に無意識的に行われる意思決定。ヒューリスティック、直感。
直感:本能とは異なる。直感はあくまで「無意識の知性」。知性なので習得・改善が可能。
システム2:時間をかけて、段階的、思考して意識的に行う意思決定。reasoning(論理的思考・推論)
3つの意思決定バイアス
システム1はバイアスがかかりやすい。
・現状維持バイアス
プロスペクト理論の損失回避性から導かれる。追加的な利益よりも追加的な損失に対してより敏感になり、現状維持の意思決定を重視しがちになる
・サンク・コストバイアス
よく聞くバイアス。既に投資したコストが回収できないとわかっていながらも、投資済みコストに影響されうまくいかない投資にさらに追加投資をしてしまう。
・アンカリングバイアス
最初に与えられた情報を手がかりに検討を始め、最終的な結論をえる心理的な傾向。職業柄、提案初期にある程度の高額見積を見せるのは日常でもよくやってしまう。
ではシステム2で論理的に考える事がいいのかというと近年では疑問も出てきている。直感の方が場合により良い結果に結びつく事が近年の経営学(認知心理学、神経科学)で盛んになってきている。
バイアスとヴァライアンスのジレンマ(トレードオフ)
マックス・プランク研究所認知科学者ゲルド・ギレンザーによる2009年のレビュー論文からの引用。
「直感は意思決定のスピードを早めるだけでなく、状況によって論理思考よりも性格な将来予想を可能にする」*1
意思決定時のエラー度を以下で表現している。
ヴァライアンス(variane):過去の経験や情報収集などにyり得られた変数が、将来の予測にはどれだけ"使えないか"の程度
ランダム・エラー:外部からの予想外の変化
バイアスとヴァライアンスはトレードオフの関係にある
システム2の思考を行うと考えている変数の数が多くなる。不確実性が高まるとヴァライアンスが高まる。一方システム1の直感で意思決定する場合、そもそも考慮している変数自体が少なくなり、ヴァライアンスが入り込む変数自体が少ないので結果、(「実は予測には使えない変数」が入り込む余地が少ない)ヴァライアンスが小さくなる。
・不確実性の高い環境で直感が常に優れているということではない
直感というのは考慮すべき変数を絞る事を意味する。そもそもこの絞り方が重要であり、意思決定者の様々な経験に裏打ちされたものでないと逆にヴァライアンスが高まってしまう。
直感とは「玄人の勘」が望ましい。
・経験の薄い「素人」の場合はシステム2(論理的思考)により意思決定をした方がいい ということも言える。
・システム1、システム2の考え方はシリアルに発生するのではなく、同時に起こりかつ補完的に作用し合う(parallel-ompetitive)という研究もある。
・面白いことにこのバイアスとヴァライアンスのジレンマはかの有名な、スタンフォード大学キャスリーン・アイゼンハートの「シンプルルール」とも整合性が取れると主張している。ルールをシンプルにすることにより、認知におけるヴァライアンスを減らし、意思決定の制度を高めると考えられる。
どうぞ良しなに。
ご参考まで。
*1:Gigerenzer, G. & Brighton, H. 2009. "Homo Heuristicus: Why biased Minds Make Better Inferences," Topic in Cognitive Science, Vol. 1, pp. 107-143.